八丈島の概要

八丈島は海中火山の噴火によって誕生した島で、西山(八丈富士)と東山(三原山)の2つの山があり、その2つの山がつながってちょうどひょうたん島のような形をしています。
島の周囲は約60km。島の南東部には樫立・中之郷・末吉の通称『坂上(サカウエ)地区』があり、島の北西部には永郷(エイゴウ)地区、そして、2つの山の間にあって島の経済活動の中心地である大賀郷・三根の通称『坂下(サカシタ)地区』があります。
2011年4月1日現在の人口は約8,100人。昭和25年頃の約13,000人と比べるとかなり数が減ってしまいました。

八丈島が本土の支配を受けるようになったのは割に新しく、鎌倉時代に相模の国に属するようになったのが始まりだといわれています。室町時代には八丈島をめぐって、奥山氏、三浦氏、北条氏の三氏が権力争いを続けました。結局は北条氏が勝利をおさめることになるのですが、そこまで八丈島に固執した理由は、貢物としての黄八丈織物の魅力にあったのだと言われています。
江戸時代には幕府直轄領ということになり、ご存知の通り数多くの流人が送られてくるようになりました。これによって八丈島には本土からの文化が伝わるようになったのです。
明治時代からは相模、韮山、静岡、と属する県が次々と変わり、明治11年より東京に属するようになりました。

八丈島 地区別名称マップ